羊羹の人気を上げたのは、寒天さん!
- 2018.01.26
- ようかん

こんにちは。
無添加食品大好きの名畑(なばた)です。
羊羹の「羊」という文字が気になってルーツを探ってみた羊羹って、どうして羊がつくの?では、羊羹が日本に伝えられた際の様子を知ることができました。
今の美味しい甘い羊羹の原点は、精進料理でした。
その後の羊羹のヒストリーを覗いてみたいと思います。
羊羹ヒストリー
蒸し羊羹が主流のころ
精進料理や日本料理などのとろみのある料理は「葛」を使って、トロっとした舌ざわりを出しています。
最近では珍しくなってきた葛の粉です。
羊羹も18世紀後半までは、固めるのに葛を用いて蒸し固めて、柔らかな蒸し羊羹が食べられていました。
小豆で作った固形物に甘みをプラスすることで、今までは料理の部類だったのが、菓子として地位を固めたのもこの頃です。
当時の蒸し羊羹は平べったい形をしていて、竹の皮に包まれていました。
竹の皮には殺菌作用があり、当時の人たちは経験からそれを知っていたんですね。
今でも竹の皮や竹の皮のデザインを、お菓子屋さんが使うのは、江戸時代の習慣を今に繋いでいるからです。
寒天が使われだしたころ
和菓子が大きく発展した要因の一つに煉り羊羹の誕生があります。
煉り羊羹はそれまでの蒸し羊羹に比べて、日持ちや感触、味わいの点で多くの人々に受け入れられ、瞬く間に全国に広まっていきます。
煉り羊羹の誕生については諸説ありますが、現在の煉り羊羹の直接のもとは寛政(1789~1801)の江戸で生まれたと諸書に記されています。
一部の茶人や富豪のみを対象に極々上等の菓子のみを作っていた喜太郎という菓子屋が煉り羊羹を工夫したことが書いてある「北越雪譜(ほくえつせつふ)」には、煉り羊羹はたちまち売り切れ、人手が足りず困っている記載が見られます。
喜太郎は将軍家御用達菓子屋で修業を積んだ方で、江戸随一のにぎやかな街で煉り羊羹が生まれました。
煉り羊羹と蒸し羊羹の違い
蒸し羊羹は葛や小麦粉で固めますが、糖度が低いので日持ちがしません。
柔らかく触感が売りなので、その柔らかさを保つために真空パックなどはしません。
相反して蒸し羊羹は、加熱の段階で菌は死滅し、糖度が高く固めなため日持ちがしやすいとされています。
煉り羊羹が主流になりましたが、今でも蒸し羊羹を作っていらっしゃるところもありますので、食べ比べるのも楽しいかもしれません。
まとめ
鎌倉・室町時代に点心として日本に渡来した羊羹は、さまざまに変化して、遅くとも戦国時代から安土桃山時代には甘い菓子になっています。
その頃の羊羹は今でいう蒸し羊羹で、寒天は江戸時代に入って製法が生み出され、最初は煮物、刺身、酢の物などに利用されていました。
さらに約140年ほど経って、江戸の町で葛の代わりに寒天を使った煉り羊羹が工夫され、今の形の原型が出来たようです。
今回は葛や寒天によって、作り方が変わり食べ方も変化していく様子をお伝えしましたが、イモや栗、塩など使う材料によって味の変化を楽しませてくれる羊羹を違った側面からも調べてみたいと思います。
Love 和菓子♪